認められたいという気持ちが強烈!
人に言われたことを全く聞いてない。
ということがわかりました。
なぜならば、「そこはもういいから、全体をみて別の個所をやってね」
って言われたのにもかかわらず、もういいって言われた箇所をやるということが起こりました。
なんでそんなことが起こるのかを考えてみたら、私が小さいころから父親に指摘を受けるときに、怒りをぶつけられているように感じて、「怒られたくながい」という気持ちが強烈に働いて、恐怖を感じていました。なので、突然言われた「そこはもういいから、全体をみて別の個所をやってね」に対して、時間が足りなかったというか、焦った心がでてしまったのです。
こんな人生もう嫌だ~!って思うので、nTechの理解をもっと深めて変化を創っていこうと思います。
では、どうしたら変化するの?
については次回以降のお楽しみに!
誕生日に嬉しかった5つのこと
6/29が誕生日だったのですが、嬉しいことこが沢山あったので、ブログに残しておこうと思って筆を取りました。
1)仕事のお客様からご紹介を初めて頂いたこと
ハウスクリーニングのお仕事を初めて3年の月日が経ってやっとこさ頂いた初のご紹介!積み重ねてきたことが、ようやくプロとして認めて貰えたように思えてすっごく嬉しいです。
2)同僚からサプライズで、ゼリーを貰ったこと。
全く予想してないところからお祝いして貰って、こちらもすっごく嬉しいです。
3)誕生日の前日にパンケーキ屋さんで2年ぶりに会った友達から私の大好きな焼き菓子を貰ったこと。ライン通話をしたり、オンラインで会ったりはするけど、なかなかオフラインでは会えてなかった友達と会えただけでもすごく嬉しかったのに
さらに誕生日も覚えてて貰えて、幸せな気持ちになりました。
4)夜、焼肉を食べたのですが、サプライズでお肉のバラ仕立て、花火付き!をやって貰いました。
ビックリしたけど嬉しかったです。
5)これはSNSで繋がってる皆さんから誕生日メッセージを貰ったこと。凄く久々な方や毎年誕生日メッセージをくださる方など、いろんな方とで会い直しができてすごく嬉しいです。
アウトプットが苦手なので、ブログで思ったことを書くのにもかなりチャレンジなのですが、これを機に心のうちを、アウトプットする回数を、増やしていけたらと思います。
全ての事を統制出来てますか?
前回の銭湯チャレンジは、今日雨が降っていたので、お休みしました。
明日晴れてたら、再チャレンジします!
今まで、自分で決めてきた事。自分で選んで来たと思っていた事、それが全て環境という海の中で、条件付けられたというか、環境に依存して条件状況で、人に合わせる事を主に考えてただ合わせるだけなお魚だったという事がわかりました。
え?よくわからないですか?
要は、ホントの意味で、自分自身を統制してきた事が皆無だった事がわかって大ショックを受けてます。
nTech 、認識技術を学んで、宇宙を統制するというキーワードが出てきました。
その自分の宇宙を過去一度も統制出来た事がなかったのです。
だから、人に言われた事に従って、でも苦しいから従うフリをして、それでも苦しくて、逃げ出す。
という事を繰り返してきた事がわかりました。
これからは、nTechを使って、全てを統制出来るアイデンティティを確率していこうと思います。
当たり前を破壊するチャレンジ
昨日すごく良かったので、今日も血行も良くして、心も癒されようと思って昨日と同じ銭湯に行きました。
が、定休日でした。。。
他の銭湯に行くのもめんどくさくなってしまい、とぼとぼ帰ってきました。
さて、こんな時、もともとの私は、銭湯に行くという選択に対してモチベーションが下がってしまい、明日からは行かない選択をするのが当たり前でした。
この当たり前を変えるところから、変化の一歩をつくっていくと思い、明日も銭湯にチャレンジしようと思います!
あ、天気が悪かったら、無理はしません!
無理しても続かなそうなので、その時は、明後日チャレンジしてみます。
このブログで宣言したので、結果をご報告しますねー!
私の心に巣食っていたのは。。。
前回、私の体調と病院に行った時の気持ちを書いたのですが、
なぜモヤっとした気持ちになったのかについて、もっと深いというか、不快というか、酷い事を根深く思っている自分と出会いました。
何を思っていたのかというと。。。
そもそも病院不信
でした!
なぜならば、両親を病気で亡くしているのです。
特に母は、クモ膜下出血という病気で亡くなったのですが、
母の意識が無くなった際に、手術したらもしかしたら良くなる可能性があるという事で、高いお金を払って手術をしたにも関わらず、意識が戻る事なく亡くなったこと。
更に、クモ膜下出血で病院に運ばれる前日に、母自ら頭痛を訴えて、病院に行ったにも関わらず、その際は異常なしっていう診断をされた直後の出来事だった事。
そんな事が重なって、私の病院不信が根深くある中で、更に病院に行ってもやっぱり大切に扱って貰えないんだ。という不信感を、募らせてしまった感じがしています。
体調が悪くなった時にお医者さんという存在が頼りになると思っているのも事実ですし、信頼してる部分もかなりあるので、逆に今回の発見というか、気づきはショックでした。
令和哲学を学んでいるので、自分の心がどういう状態でどんな事を感じていたのかを解析する事ができたからこそ、出会えたショックだとわかっているのですが、子供の頃から30歳ぐらいまで、気管支喘息を患っていて、かなり病院に通っていたし、親しみを感じていると思っていたのに、不信感しか残っていないっていう事に絶望しました。
この絶望感を払拭、全てをゼロ化させる事ができる令和哲学が改めて凄いと思いました!